世の中で一番悲しかった一週間
私の人生で一番悲しかった瞬間を憶えて見る。22年間の人生で一番悲しかった瞬間はいつだったろうか。それはたぶんご両親とはなれて初めてカナダに留学を行った年のクリスマスだったようだ。その年のクリスマスは私の人生で消したいおさない時の悪いきおくだ。
その年のクリスマスは世の中で一番寒くてさびしかったクリスマスだ。私はまだ高等学校 1年生だった。何も分からなかった幼い少女だった。韓国で遠くなった新しい国、カナダで初めに迎えるクリスマスは幼い私にはきびしかった。私の子供時の友達の家族だったホームステイ家族たちは私の家族のように暖かくなかった。むしろ、家族たちがみんな一緒にあるホームステイ家族の姿が私をもっとさびしくした。それに、一緒に住んでいたルームメート友達も冬休みだから韓国へ行ったから, 二人が住んでいた大きい部屋に一人でのこされたことがもっと私をさびしくかんじられてひとりになるようだった。それで、一週間のクリスマス休みに毎晩一人で布団のなかで泣いた。その時は何がそんなに悲しくて悲しかったのか 5日間一日ももらさないで毎晩泣いた。
初めてい行った留学の学校生活はあまりにも楽しかった。新しい友達もつき合って韓国の学校とは違う楽しさがあった。でも、学校は家でとても遠くあった。 始めはホームステイ家族たちが学校の近くに家を買うと約束をしたが, 約束を守らなかったまま, 学校でバスに1時間半ぐらいかかる所に家を買った。それで、私は毎朝ホームステイ家族のいとこである私のルームメートと一緒に 6時前に起きて、シャワーをして, 7時に家を出て、バスを乗り換えて学校へ行った。そうでなくても冬が長いカナダなのに, 冬になって雪がふれば学校を行くのに 2時間もかかった。
しかし、両親に電話することができなかった。電話して、会いたいとさびしいと話していろうを受けたかったが, 韓国にいるご両親を心配させたくなかった。本当に両親を心配させて上げたくなかった。ひとりにもくっせずによくやることお見せしたかった。父さんは始めからおさない私を遠い国に留学送りたがらなかった。私が行きたいと言って父さんをせっとくして来た留学だった。それで、父さんにはもっと電話することができなかった。いつも元気だと楽しろいと話した。
しかし、そんな困難があったから私はもっと成長したようだ。両親のそばで何らの難しさが分からなくて育ったら、私が生きて行くこの社会をまだ分からなかったはずだ。今は多くの人々と一緒に生きて行く方法が分かる。まだたくさん不足だが、小さい時の留学経験が私をもっと大きい人で作ってくれた。それで、私は留学来たことを後悔しない。むしろありがたく思う。
私もう夏の間に一回サマースクールでアメリカに行った事がありました。私はたったの2ヶ月しか行かなかったけれど凄くむずかしかったです。ダユンさんは一人で勉強しに新しい所へ行くのはとても凄いと思います。でもいいけいけんになったと思います。
返信削除悲しそうだね。私も日本に行く時、とても行きたくない。私の友達はぜんぶマレーシアアに住んでいるからです。でも、日本で新しい高校では新しい友達に会いました。今も、私の一番好きな友達は日本人です。
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